昨夜は、私の住んでいる地域は、プチ熱帯夜だった。我が家は、エアコンをなるべく使わない方針なので、窓際の風通しの良いところへ移動して、タオルケットさえ掛けずに眠った。
湿度が高く、蒸し暑い。せめて、ビールくらい、飲みたい!のだが、飲まない。酒を飲まない自分。
以前、reko様から頂いたコメントの中に、
「最近、飲まない自分が好きです。」
という一文があり、なるほど!と思った。酒を飲んで我がまま放題だったころの自分と、今の自分と、並べて見れば、
「飲まない自分が好き!」と、自信をもって答える。
そんなことは当たり前だと思われるかもしれない。けれど、飲んでいた頃は、「酒を飲む自分」しか存在せず、「酒を飲まない自分」というのは、想像にすら上がらなかった。節酒は考え、実行(三日坊主!)したこともあったが、酒をやめる・断つ、などということは、当時の私にはあり得ない選択だったのだ。
しかも、飲んでいた頃は、「酒を飲む自分」のことは、決して好きではなかった。いや、寧ろ、大嫌いだった。いつも、飲んだ翌日は、ひどい二日酔いに悩まされ、かつ、泥酔して喋った事や、やらかした行動など、一切覚えていないことなどで、とてつもない自己嫌悪に陥っていた。
どんなにイヤな思いをしようと、夕方ごろにはケロッと忘れて、また同じように酒を飲み出す。自分が好きも嫌いも、ない、ただ、酒が好き!それだけの生活。。。だったのに、今、「酒を飲まない自分」が現実のことになっている。
あともう少しで、酒を飲まない日が100日になりそうだ。「酒を飲んでいた自分」は大嫌いだけど、「酒を飲まない自分」は、大好きだ。これは、自分で自分を思う心だが、家族の思いも同様で、「酒を飲む父親」は大嫌いだが、「酒を飲まない父親」は大好きだと、妻子が言ってくれている。
この「酒を飲まない自分」を、もっともっと好きになり、これからも、飲まないでいられるよう、たまには、酒以外のご褒美をあげている。全然大した物ではなくて、大好きなラーメンにトッピングひとつ追加とか、100円のアイスではなくて、たまにはハーゲンダッツとか、普段あまり飲まないコーラをたまにゴクゴク飲むとか、そんなものだが。
酒など飲まなくても、こうして生きているし、体調は飲んでいた頃より断然いいし、家族との関係も改善された。
なんとまあ、不思議なもので、なんであんなに酒にこだわっていたのだろう。もちろん、正直なところ、今でも酒を飲みたい。一つだけ、かつての自分が良かったなーと思うのは、この、飲みたい気持ちが優勢の時だ。何も考えず、酒を飲んで酔っ払っていた自分が懐かしいことがある。もちろん、そんなことは記憶の中だけにしておくけれど。
これからも、自分の意志で、飲まない。ずっと「飲まない自分が好き」でいよう。
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