本日は、かみさんは風邪にて発熱し、自分はまたもや体調不良にて、今回は腹も痛く、夫婦してダウンしていた。。。ということで、早めの時間に更新して、また、横になり、回復を図ろう。
さて、本題。
『継続は力なり』ということを、昨日の弱気ブログで悟った。
我が子に諭され、ハタと気付いてみると、断酒は、継続しているし、それまでちょっと書いて投げてばかりいたブログも、日々書き続けてきた。その全く正反対の行為である、飲酒再開とブログ中断は、とても簡単に出来ることだ。
私は、生活が元の飲んだくれ時代に戻るようなことは絶対にしたくないので、脱線しかけた自分を、元の軌道に戻し、当初掲げた目標に進む。これしかないんだねー。
酒を飲まない状態を、継続し持続し維持する。これが、断酒のチカラ。
そこで、この『継続は力なり』という言葉を調べてみた。元は中国の古典なのかな、くらいの認識しかなかった自分が恥ずかしい。先日の『酒は百薬の長』と同じで、実は、長い文章の中の一節だった。
原文は、浄土真宗に生きた住岡夜晃という人の、讃嘆の詩(さんだんのうた)という、とても素晴らしい、詩だ。長くなるので、最初のほうの三分の一くらいだけ、引用させて頂くが、興味のある方は、検索して全文読んでみたら如何だろう。
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青年よ強くなれ
牛のごとく、象のごとく、強くなれ
真に強いとは、一道を生きぬくことである
性格の弱さ悲しむなかれ
性格の強さ必ずしも誇るに足らず
念願は人格を決定す 継続は力なり
真の強さは正しい念願を貫くにある
怒って腕力をふるうがごときは弱者の至れるものである
悪友の誘惑によって堕落するがごときは弱者の標本である
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ここで、「正しい念願を貫く」とは、私にとっては、酒を断つ、「断酒を貫く」ということだ。
『継続は力なり』をちょっとネットで引くだけで、沢山の有名人の言葉が見つかる。これも、断酒されている方は、ご自分で検索して、その言葉を噛み締めてみると、力が湧いてくると思う。
『継続は力なり』の対極に位置するのは、私には馴染みの深い『三日坊主』かな。
お試しで始めたことが、三日坊主で終わるのは、良くもないけど、左程悪いことでもない。また気が向いたら再開するかもしれないし、ちょっとした経験は残るからね。
しかし、断酒は、そうはいかない。特に私の場合、飲んだら即元の飲んだくれおやじ復活だから。アルコールに依存したことのある方は、皆さん同じであろう。
幸いにして、これまでの断酒継続の力と、ブログへの酒毒の吐き出し効果により、飲酒欲求は、感じない。ただ、私の身体自体は、いつアルコールが入っても、受け入れ態勢は万全なので、常に注意が必要(笑)
家族やブログに断酒の効用など、エラそうなことを言ったり書いたりしても、飲んでしまったら、終わりだ。以前も書いたが、信頼関係とか信用と同じで、築くのには長い年月が掛かるのに、失うのは、一瞬だからね。
私が再飲酒したら、家族から、
『パパ、折角、春から断酒始めて、夏も乗り越えて、順調だったのに、またお酒飲んで、前と同じにもどっちゃったじゃん』
と、以前と同じ白い目で見られ、自分自身も、後悔の念に苛まれることだろう。
昨日思ったような、もう書くことがないから、とか、疲れたから、などという理由でブログを止めたとしたら、似たような理由で、飲酒欲求の有無に関係なく、ちょっと気分転換に、とか、疲労回復に、とか、ちょっと味見、なんて言って、飲んでしまうかもしれない。
己を戒める規律は、必要だ。私の場合、やっぱり、ブログだな~。
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