偶然誰かが缶を片手に歩いていたり、家族が毎晩飲んでいたり、自分の断酒に関係なく、それは一日の内で何度も目に飛び込んで来る。
それ(酒)が自分にとって何に見えるか、どう見えるか。目を背けたくなるのか、じっと見ていても平気なのか。
最初は、当たり前にサケを飲んでいる人が羨ましくて仕方ない。自分も仲間入りしたい。そこから、一日断酒の積み重ねと、酒害の自己教育によって、少しずつほんの少しずつ意識改革が始まる。
今日は、夏休みの人が多かったせいだろう、日中からあちこちで缶ビールを飲む人を見かけた。道端の喫煙所にしゃがんで、缶ビールを飲んでいるおっさんを見かけた。
(あちこち、と言っても、今日の私は夏バテで、どうしても必要な買い物に一度外出したときの、その往復の道のあちこちなので、ここから推測すると、日本全国では、一体!?)
2年前の私の感想は、うわ!うまそう!いいなあ!。
今日の私の感想は、あー、切ないな。真昼間からあんなもの飲んでる。
酒も、私と言う人間も、見た目は何も変わってない。酒はどんどん造られるから、古くないが、2年前に比べたら、私と言う人間は老けたことは確かだろうけどネ。
では、何が変わったのか。酒に対する意識、捉え方、考え方だろう。
そもそも、酒は飲み物って、本当なのかな。誰がそう言ったんだろう。と、この辺りから、根本的に意識が変革されてくると、酒そのものが目に飛び込んで来ても、割と平気なのである。
今日、不飲酒仙人(!?)のかみさんと、こんな会話をした。
私:「この夏も水難事故で死んじゃう人、多いな~」
妻:「子供は別だけど、大人は酔っ払って水に入る人が危険でしょ」
私:「そう。オレも経験あるけど、どうしても酒飲むからね、水辺で」
妻:「しかし、お酒なんて、なーんにも良いことないのに、なんで飲むの?」
私:「良いこと、あるよ。飲むと気持ち良くなる。」
妻:「それだけ?」
私:「ん、まーそれだけ」
妻:「飲んで酔って気が大きくなってさ、自分で危ないことに気付かないわけでしょ」
私:「確かに」
妻:「バカだねー」
私:「・・・」
私は、しこたま飲んでいたが、やめた人間。
かみさんは、生まれてからこれまで飲酒をしたことが無い人間。
酒が何に見えるか。私は、まだ危険を孕む飲み物に見える。かみさんの頭の中では、酒はそもそも飲み物に分類されていない。眼中に無い。
あなたは今、酒が何に見えるだろうか。
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