飲酒が必ずしも不幸に結びつくわけではなく、断酒が必ずしも幸福に結びつくわけでもない。
そんなことを書きたいなと、過去の記事を探してみると、既に書いていた(笑)
『酒をやめるだけで幸せになるか?(断酒1年306日目) 』(2015/1/14)
読み返してみたが、自分で書いたものとは思えないくらい、実によくまとまっている。なるほど、ふんふんと、書かれてから1年半後の自分が肯いている(笑)
最近、と言うより、かなり前から気付いているのは、3年も同じテーマで毎日ブログを書き続けていると、ほぼ自分の書きたいことは過去記事で網羅されていると言うことだ。
上記で書いたことの焼き直しになってしまうが、更に1年半経過した、今の私の意見を敢えて書いてみようと思う。
私のブログ名は、「酒を」に続いて、
「やめてhappyになろう」であって、
「やめればhappyになる」ではない。
酒をやめて幸福になるならば、こんな良いことはないが、人生そんなに単純ではない。酒を飲もうと飲むまいと、自分で幸福だと感ずる生活を送ることが出来れば良い。それは、つまり、心の持ちようであって、今この瞬間をどう捉えるか、に懸かっている。
酒を飲み続けて幸福な人もいる。飲まなくても不幸な人もいる。他人がどうではなくて、自分が今の状態をどう感じているのか。
もし酒を飲み続けていて不幸せを感じている人は、先ずやめてみることが先決かもしれない。が、ただ漫然と酒を断っただけでは、イライラが増すだけで、その先へとつながらないだろう、きっと。巷では「底付き」と表現される、ある意味での最終体験を経てやめようと思った人は、その点確固たる理由を胸に秘めているので、強い。
酒を飲み続けることに不幸を感じて酒と訣別した人は、激しい飲酒欲求を感じて苦しい思いをしている時こそ、飲まない幸福を感じてみてはどうか。飲酒に不幸を見たのだから、断酒に幸福を見つけるのである。
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