昨日、ボクシングジムで、私より10歳年上のOさんと少し酒の話をした。
酒の話になったきっかけは、同じジムの関西弁のCさんの飲んだくれが止まらない件だった。そこにCさんはいなかったが、ドクターストップにも関わらず、酒をやめられず、命が危険水域に達しているのである。
Cさんは、せっかく治した肝臓に異変が見られるのと、心筋に動脈硬化が見られ、心筋梗塞の発症の確率を少しでも下げたいなら、禁酒しなさいと、医者に言われているのに、どうしても過食と飲酒をやめることが出来ない。
以下、Oさんとのみすけとの会話。
Oさん:「Cさん、飲み過ぎだね」
のみすけ:「確かに!私も飲み過ぎで、4年前に酒やめたんですよ」
O:「へ~!」
の:「Oさんは、どのくらい飲むんですか?」
O:「オレはねぇ、1日2合だな」
の:「毎日ですか?」
O:「いや、毎日は飲まないな~」
の:「日本酒?」
O:「日本酒が多いね」
の:「そのくらいだと二日酔いなんてないですね」
O:「二日酔いはここ2~30年経験ないな」
の:「だったら、酒飲まなくてもいいじゃないですか」
O:「うまいとも思わないんだけど、夕食時、酒がないと淋しいからさ」
の:「なるほど~」
O:「のみすけさんは、どのくらい飲んでたの?」
の:「毎晩、へべれけになるまで飲んでました!」
O:「例えばさ、夏の昼間に暑くて缶ビール飲んだとするじゃない」
の:「ええ」
O:「その夜は、また飲んでた?」
の:「そりゃ、もちろん!」
O:「オレはね、そういう日は夜は飲まないんだ」
の:「へぇ~。もう、酒に関しては全然問題ないですね」
Oさんは、4~5年前に定年退職をして、今は年金暮らしだ。広い畑を耕しての野菜作りと、ボクシングを趣味としている。
Oさんのような飲酒の方を、適正飲酒と言うのだろうか。
断酒後1年ぐらいまでの私は、適正飲酒をしている人がとても羨ましかった。酒を断ったくせに、もし出来るなら、自分も適正な量で飲酒を楽しみたいと思っていた。
しかし今や全く観念が変わってしまった。酒そのものの正体が《毒》であることが分かっているので、適正量であろうと飲みたいとも思わないし、そういった飲酒が出来ている人を、羨ましいなどとも思わない。
Oさんのように、何の問題もない飲酒をしている人は、そのままで良いし、Cさんのように命を縮めるような飲酒をしている人は、酒を断ったほうが良い。飲酒している人に対する思いは、たったこれだけである。
Oさんを見ていて感ずるのは、問題のない飲酒をしている人は、酒に拘っていない。酒に対して恬淡としている。逆に、飲酒に問題を抱えている人は、酒こそ我が命、である。
同じ酒なのに、飲む人によってこれほどの違いがあるのかと、つくづくと、飲み物としての酒の複雑怪奇な面を考えさせられた。
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