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酒をやめてhappyになろう!

31年間飲んできた酒をついにやめる日が来ました。でも、「断酒」はつらいよ。。。さて、いつまで続くか、続けられるか。はっきり言って、自信なし!《飲酒コントロール不能な「のみすけ」が書いてます。適正飲酒の方、酒を愛飲されている方は、当ブログをスルー(無視)して下さい》[コメント気まぐれ返信中m(_"_)m]

断酒・断酒・断酒!!

アル中の感受性(断酒3年363日目)

 最近、断酒仲間とのやり取りで、酒をやめると視野が広くなり、色んな事に興味を持つようになることで、意見が一致した。

 

 飲んだくれの視野狭窄については、以前も書いた。

 

 2015/2/8
 『酒で視野は狭窄する(断酒1年331日目)

 

 アル中の視野が狭いのは、本来は見えている世界が、酒で塞がれてしまうから。恐らく、かなりの部分を酒が占めているはずだ。

 

 アル中は、酒を飲むことが最優先であって、他のことはどうでも良い。つまり、自分さえ良ければ・・・の、自己中心的な考え方の極まりが、アル中である。面倒を見なければいけない家族がいても、酒が先、家族など後か、放棄。

 

 酒を断ってブログを書き始めた4年前、飲みたい酒を我慢するのは苦痛だったが、一方で、それまで気にもしていなかった道端に咲く花の美しさが目に飛び込んできた。デジカメで写真を撮っては、ブログにUPした。

 

 極端な表現をすると、それまでは白黒だった世界が、急にカラーになったような、そんな感じだ。

 

 当たり前だが、世界は私の断酒前も後も同じであって、それを受け止める私の中に変化が起きたのである。酒を断つことによって、世界を受け止める感度が上がったのだろう。


 それは、目に見えることだけではなくて、耳から入る音や言葉、口に入る食べ物や飲料の味に関しても同じで、対象物は同じなのに、それを受け止める私の感受性が強く、豊かになったのだろう。

 

 逆に言えば、アル中の感受性はかなり低い。きちんと見えていないし、聞こえないし、味も分からない。アルコールで感覚器が麻痺しているのだ。これについては、飲んだくれ諸氏ならば経験していることだろうが、酔っぱらって転んでも、その時はあまり痛みを感じないが、翌日かなりの怪我に気付くことがある。

 

 アル中の家族を持つ人の手記を読むと、アル中本人が如何に酒以外に興味を示さないかがとても良くわかる。自分もこうなっていたのかと思うと、ゾッとして、酒を断って良かったと、心底思うのである。

 

 今、酒を断って間もない時期で苦しさのほうが強い方、その分、感受性がUPしているはずだ。外を歩いているとき、道端に咲く雑草が目に入れば占めたもの。心配してくれる家族の言葉が耳に入れば占めたもの。

 

 苦しくたって、決して酒を断つことはマイナスではない。少しずつ、断酒の良い面が分かってくるはずだ。少し時間がかかるけれど、感受性がUPすることは間違いない。アルコールで鈍麻していた感覚器が、断つことによって鋭敏さを取り戻す。

 

 

 

 

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