相変わらず、電車の中や駅の、ちょうど目線が行く位置に、かなりの面積を占めたビールのポスターが貼ってある。
最近では特に何とも思わないが、断酒初期の頃は、それらが目に飛び込むたびに、かなり辛かった。
今日も、当たり前に貼ってあるビールのポスターを目にしつつ、人は何故、アルコール依存症(アル中)になってしまうのか、と考えた。
巷では、「お酒は適正量で楽しみましょう」だの「飲み過ぎに注意」だの「適量の飲酒を心がけよう」だの・・・と飲む量を自分の適量にすれば大丈夫と喧伝している。
しかし、実にシンプルなアル中の入り口が次の2つなのだ。
1.アル中になる人は特別な人ではない。
2.酒を飲む人は誰でもアル中になる可能性がある。
なので、
「アル中になるのは何故だ?」
の答えは、
「酒を飲むからである」
となる。
まー、これは、極端な結論だと思われても仕方がない。飲酒愛好家の方は断酒ブログなど無縁だから、これに反論してくることもないだろうけれど・・・
ところで、飲酒の理想《適正飲酒》なるものを紐解いて見ると、1日当たりのアルコール量の目安が20gと言われていて、ビールだと中ビン1本(500ml)、日本酒だと1合(180ml)程度の量である。その他、焼酎にしても、ウィスキーやワインにしても、大した量ではない。
この量で満足出来るかどうか、この量で酔い心地を楽しめるのかどうか、大いに疑問である。かつての私の場合だと、この程度の量では飲んだ内に入らなかった。読んで下さっている皆様は、このアルコール20gの目安は、どうだろうか。
かつての私だと、これっぽちの量では、屁でもない!酔わない!だから、もっともっと飲む。酔うために飲む。酔ってからもっと飲む。そしてへべれけ・・・
つまるところ、世に言う適正量の飲酒は、幻に過ぎないのではなかろうか。
そこで、次の、実に当たり前の、子供でも分かる真実が浮かんでくる。
アル中にならないためには、原因物質(アルコール)を身体にいれないこと。
アル中になってしまったら、原因物質(アルコール)を身体にいれないこと。
アル中にならないための処方も、アル中から回復する処方も、実にシンプルなこと。
飲酒の適正量を追求するのは、アナログ的であって、そこにはキリがない。
アナログ的とは、感情が優先され、曖昧さを許すこと。
ここは、デジタル的に、0か1。飲まない(0)か飲む(1)か、で行こう。
デジタル的とは、論理的、合理的に物事を考え、白黒をはっきりさせ、曖昧さを許さないこと。
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