先日(2017/9/20)の記事、
『アル中本人が気付くには(断酒4年190日目)』
への、マジシャンさんからのコメントにあった、
「介入の鍵」
これが気になって、私が昨日(2017/9/22)のskypeミーティング時、アル中への介入についてをテーマにしようと提案したところ、参加者の間では、談論風発した。
結論から言うと、アル中への介入は困難を極める。
これが、私も含め、参加者の皆さんの意見の一致したところだ。
アル中への介入は、何かの方法を示して、こうすれば良い、などと、一様にアドバイス出来るような、生易しいことではないからである。
アル中(アルコール依存症)の基本は、自らの病を頑として認めない、「否認の病」なのだ。これが、見守る家族にとって一番困ること。アル中は何を言っても聞く耳持たぬ。
ミーティング参加者からの発言は、アル中を抱える家族の取るべき行動について、概ね次の4つの意見に集約された。
その1.学ぶ!→アルコール依存症について学び、正しい知識を身に付ける。
その2.突き放す!→アル中の面倒を見てはいけない。
その3.相談する!→医療機関、保健所、断酒会の相談窓口を活用する。
その4.幸せになる!→家族が幸せになることが最優先。
アル中を抱えた家族は、病気・アルコール依存症についてきちんと学んで、正しい知識を身につけなければいけない。それ無しに、場当たり的な対応をするのは良くない。
アル中を世話してはいけない。アル中は、我がままで自己中心的である。酒を買ってきてやったり、酔ってしでかしたことの後始末をしてやったり、のような世話焼きは一切しないことだ。
同じような悩みを抱える家族の集まりに出て情報交換する。地域の自治体が開設している相談窓口を訪れる。医療機関に家族が出向く。断酒会の相談窓口に電話をする。など、経験者や専門家に相談してみること。
アル中など差し置いて、家族が主人公として、先ず幸せにならなければいけない。アル中は単なる脇役である。
家族の介入が功を奏して、アル中が自分の病気であることに気付き、認め、回復を目指すならば、それはそれは素晴らしいことである。
妙な仮定だが、己のアル中であることを認めず、屁理屈を捏ねて飲んでいる過去の私を前にしたら、今の私はこう言う。
「あなたはアル中ではないのなら、明日から丸3日間、一滴も酒を飲まずに過ごすことが出来るはずだ。」
これは、私が以前から提唱している、私が発案した、アル中の簡易判定方法である。質問に答える等の必要は無く、その行動で判定する。
さて、昔の飲んだくれの私がこれを言われたら、受けて立つだろうか。それとも、逃げるだろうか。飲んだくれ時代の私は、受けて立っても丸3日間飲まずにはいられないし、逃げたらアウトなので、何れにしろ、アル中認定されてしまったことだろう。
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