断酒について、色んなご意見を頂く。
断酒するのには、色んな思考法がある。
極論すれば、それぞれの人の断酒は、それぞれの人が人生をどう捉えているかと同じだ。
信仰する宗教の有無、また、どんな宗教か、にもよるけれど、この世の捉え方、生き方、前世、来世の有無、死後の世界など、コレ!と信じている人は、ソレ!なのであって、私は私、あなたはあなたで良い。
自分で考え、選び取る、それで良いし、ソレしか無いのだ。
人生で言えば、与えられた命を生き切ること。
これが、どんな人にも共通する。
アル中で言えば、酒さえ飲まなければ、それで良い。
また、例えスリップして、断酒が中断してしまっても、それは、行為としての断酒の中に含まれていることなので、殊更に騒ぐこともなく、その原因と対処法を学んだならば、また断酒に戻る。
いつもの私の主張だが、断酒は押し付けられるものではなく、自らの体内から湧き上がるもの。
なので、たまにスリップしてしまった方から、ブログにコメントや、メールを頂いたりするけれど、私に出来ることは、それ受け止めて、励ますことだけだ。
以前にも載せたけれど、個人が始める断酒には二つあって、こんな感じ。
「なんちゃって断酒」
— 断酒男爵 (@anomiyakun) 2018年1月4日
再飲酒しても、後悔がほとんどなく、寧ろ、飲酒を肯定するようなことを言う。人まねや、何となくで始める。再度断酒に挑むことは、殆どない。
「本物の断酒」
再飲酒のことをスリップと認識し、激しく後悔し、また、断酒に挑む。きっと、何度目かには、断酒の継続に成功する。
スリップしてしまったと、わざわざ報告して下さる方は、「本物の断酒」をされている方で、また断酒に挑むようだ。区切りのために知らせて下さるようだ。
自分に置き換えて考えてみると、もし、何かのきっかけで酒を飲んでしまったら、きっと激しく後悔し、また飲まない生活に戻りたいと思うはずだ。その時、もう一度断酒へと戻るため、誰かにそのことを報告し、再スタートの号砲を打ち鳴らしてもらいたい。
そんなわけで、酒を断つなら、こういう思考じゃないといけない、とかは、全くなくて、要は、如何にして酒を飲まないか、これだけだ。
なので、私がうまく行った嫌酒を真似てもらっても良いし、ご自分で何か画期的な断酒の思考法を編み出して、それを実践するのも良い。
もう一度書くと、断酒とは、飽くまでも本人の自由意志で行うことであるから、それの継続や中断も、本人が責任をもつわけで、周囲の人が出来ることは、話を聞いてあげることと、励ましてあげることだけだ。
※のみすけ&すももの風邪について、ご心配頂き、ありがとうございます。すももは、ほぼ完全に復活したのですが、のみすけは咳がぶり返し、メルマガ読者の方への返信が滞っています。すみません。
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