断酒を続ける自信がありません。
断酒なんて自分に出来る自信がないです。
酒を飲まずにやれる自信がありません。
多くの人が、こんな感情を抱きながら、酒を断つことを躊躇したり、或いは断酒に踏み切りながらも、日々不安に駆られている。
実際に、メールをもらったり、コメントをもらたったりしている。
断酒に取り組もうと考える人は、真面目な性格の人が多い。私もその一人(?!)
出来るようになってから始めよう。
何かを始める時、こんなことを考えたりするが、絶対に有り得ない矛盾を含んでいる。
自転車に乗ることを考えてみる。
乗ったこともない自転車に、最初から自信がある人はいない。
練習して、乗れるようになって、更に実地で何年も乗っている内に、自信がついてくる。
これは、断酒だけではなくて、生まれてから経験すること全てに当てはまること。
つまり、自信なんてものは、誰しも最初はなくて、あることを継続していく内に、段々とついてくるもの。
断酒も同じではないだろうか。
自分で決めたことを、とにかく始めてみる。そして、続けてみる。
自分が断酒をしなければならないことには、自信が持てるはずである。
断酒5年の月日を経て、私は、酒を飲まないことについては、自信がついた。この自信は、断酒の一番最初の日にはゼロだったが、ほんの少しずつ積み上げた日々が、今の揺るぎない自信へと導いてくれた。
もちろん、酒を飲まない自信はあっても、絶対に飲まないかと言われたら、病気は治っていないわけで、その点で、絶対に飲まないとは断言できない。
断酒1年を越えた仲間と、オフ会などで会って、話をしてみると、共通している意識は、上に述べたものに近い。
それぞれの人の色んな考えややり方で、酒を飲まないで1年の月日を過ごすことが出来ると、断酒してからいつしか芽生えた自信の木が、成長して、根を張っていることに気付く。
自信は、行動し、それを継続することにより段々と付いて来るもの。
やり始める前に、自信を持っている人などいないし、もしいても、そういう人のことを自信過剰と言うのである。
こと断酒に関しては、始める前も、始めた直後も、自信など全く必要もないどころか、あるわけがないもの。
多くの断酒仲間と一緒に断酒の日々を積み重ねることにより、いつの間にか自信がついていることに気付き、きっと楽しい気持ちになることだろう。
※追記(2018/3/30)
言語で考えることを知らない赤ちゃんは、歩き始める時に、
「自分は歩けるのだろうか」
なんて考えない。
最初は危なっかしい足取りで、転んでも、どこかに身体をぶつけても、ハイハイから何とか訣別しようと、歩くことを日々続ける。
そうして、私たちも、赤ちゃん時代を経て、大人になって、いま当たり前に歩いている。
赤ちゃんから学べるのは、先ず、歩いてみること。
もし、近くに歩き始めの赤ちゃんがいたら、良く観察してみてほしい。歩くときの瞳は、輝き、真っすぐである。
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