オフ会の翌日はいつも、前日の余韻が残る。
そして、素朴ながら、こんな疑問が頭を過る。
昨日会った仲間たちは、本当にかつて酒に頼り、酒に溺れていたのだろうか?
自分自身がそうであったように、オフ会に集ってくれた仲間たちも、その人生の一時期を、酒に捧げていたのは、事実である。
会って話を聴いていると、皆さん、最初は酒と仲良くし、酒に頼り、その内に酒と格闘し、酒に組み伏せられ、ついには、自分に問題があることを悟り、酒から離れた。
かつての苦しい飲酒生活から、今の平穏な生活へと戻った方は皆、戦場に赴いた兵士が、闘いを終えて、自分の国に帰還したような、そんな表情を見せる。
私も振り返れば、何と無駄な闘いをしていたのだろうと、思う。自ら求めて、アルコールと格闘していたわけである。
それも、酒の真実を知らずに、酒を信じ、酒を頼り、酒が何でも解決してくれると、すっかり勘違いしたまま、飲酒を続けて、ふと気付けば、そう簡単に断つことが出来なくなっていた。
こちらは離れたいのに、もう、離れられない身体になってしまっていた。
常に、アルコールと闘う戦場に、身を置いていた。
これが、真実なのかな。
良くぞ無傷で、戦場から帰って来たね。
話をしていると、丸でこんな感じなのだ。
中には、敵(アルコール)の攻撃を酷く受けて、入院治療の上帰還した人もいる。
断酒仲間の間で、話が絶妙に合う理由は、共にアルコールと闘い、今でも闘い続ける、戦友だからだと、最近分かった。
ひとり一人、戦地は違うけれども、闘い、そしてこれからも一生闘い続ける相手がアルコールであることは、同じである。
但し、闘い続けると言っても、酒を断っている限りは、休戦状態と同じこと。再飲酒してしまうと、再び断酒へ向けて戦闘開始となるわけだが。
断酒を続けていれば、アル中戦線へ再び赴く必要はない。
酒から解放された仲間と会って話すと、自分も相手も、お互いにほっとするのは、過去のアルコールとの闘いを共有しているからである。
アルコール依存症は、治らない。だから、実際には、アル中戦線からの帰還は、アルコールとの休戦である。
実際のところ、アルコールと闘うのは、シンドイし、疲れる。ならば一生飲まずに、アルコールとは休戦状態のまま行こうではないか。
こちらが仕掛けなければ、アルコールは何もして来ない。
仕掛けるとは、つまり、飲酒することである。
酒を飲むから、アルコールが害を成すのであって、飲まなければ、アルコールはただ酒瓶の中で大人しくしている。
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