『始まりはすべて小さい』---キケロ---
昨日、断酒仲間から届いたメールの最後に、書いてあった。
どう訳すかの違いで、タイトルは「始まりは、どんなものでも小さい」にしてみた。
今、断酒仲間と、あるプロジェクト(?)を進めているのだが、そのメールのやりとりの中での言葉だった。
思い起こせば、自分自身だって、受精卵として母の胎に宿った時には、0.1mmのサイズだったわけで、始まりは小さかった。
断酒の始まりも、もの凄く小さかった。初日から、一日一日、少しずつ成長して、今に至っている。
本当に、始まりは、どんなものでも小さい。
キケロの言葉を他にも探したら、断酒にぴったりなのが、いくつもあった。キケロは紀元前100年頃に生まれて、紀元前40年頃に亡くなった人だが、その言葉は時を遥かに超えて、私たちの心に響く。
いくつか、羅列して、私の感想を書いてみる。
「時間がやわらげてくれないような悲しみは一つもない。」
⇒これは、良く分かる。母が亡くなった時、私は悲しくて更に酒量が増えたものだった。結局はそれが断酒のきっかけにつながったのだが・・・
あれから5年、その悲しみはほぼ癒えた。
「度を越してはならない。節度をもって取り組め。」
⇒適量で飲酒出来る人は、この格言を実践出来るんだね。私は飲酒に於いては、いつも度を越しており、節度を保つことが出来なかった。
「人間はすべて誤るものである。ただ過失を固守するのが愚か者なのである。」
⇒そうそう、その通り!全く過ちを犯さない完全な人間など、どこにもいない。私の酒の飲み過ぎも、誤りであった。それに気づいたので、過失(飲酒)を固守(飲み続ける)するのは、やめた!だから、少なくとも酒に於いては、愚か者ではなくなったのだ。
「二度、考えなおした考えが一番いい。」
⇒断酒が落ち着いて来た頃、二度どころか、三度も四度も、いやもっと多くの回数を、再飲酒出来るんじゃないか、いやいや、やめとけ!と何度も考え直した。考え直した結果が、一番良かった。考え直した結果はいつも、飲んだら飲んだくれに戻るだけ、だった。
「事故の原因は、事故そのものよりも興味深い。」
⇒私は今のところ、スリップはしていないが、もしスリップしてしまったら、原因を突き止めて、次にそうなりそうな時に、活かす。
「魂の病は身体のそれよりも危険であり、かつ怖ろしい。」
⇒アルコール依存症は、魂の病だろう。身体のどこかの部位の病よりも怖ろしいのは、この魂の病は、全身の病であるから。
「幸福なる生活は、心の平和において成り立つ。」
⇒断酒すると、心に平和が訪れる。これが、幸福なる生活の基礎だ。
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