酒をやめてhappyになろう!

31年間飲んできた酒をついにやめる日が来ました。でも、「断酒」はつらいよ。。。さて、いつまで続くか、続けられるか。はっきり言って、自信なし!《飲酒コントロール不能な「のみすけ」が書いてます。適正飲酒の方、酒を愛飲されている方は、当ブログをスルー(無視)して下さい》[コメント気まぐれ返信中m(_"_)m]

断酒・断酒・断酒!!

毎日が 切磋琢磨の 断酒朋(断酒5年160日目)

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(6年前の花巻の花火より・義父撮影の一枚)

 孤独な断酒の反対に、和気あいあいの断酒有り。

 

 孤独な断酒は続かないと、先日書いたけれども、従前から主張している通り、断酒のやり方は個々人の好きなやり方が優先されるべきなので、それでも孤独を選ぶ方は、もちろんそれで良い。

 

 その先日の記事へコメントを下さった《バカです》さんのように、人付き合いが苦手で、特に断酒仲間を作ることなく、断酒を継続されていらっしゃる方の存在を知って、断酒のやり方は人それぞれ、その人に合ったやり方で、OK!との考えを新たにした。

 

 バカですさんは、見た目はお一人で断酒されているけれど、このブログを日々読んで下さって、断酒の杖とも糧ともして下さっているとのこと。心の中では、のみすけや、ここに集う断酒仲間とつながっているのだと感じた。

 

 なので、精神的には、孤独とも言えないのではないかな。

 

 さて、ここからが、今日の本題。

 

 仲間を作ることが苦手でも、一度仲間の輪に入ってしまうと、その居心地の良さに驚くかもしれない。このことは、断酒仲間の場合、特にそう感じられるはずだ。

 

 私の場合がそうで、孤独な断酒から始めて、徐々に断酒仲間を増やして、今の沢山の断酒仲間に囲まれた生活に至るわけである。なので、自分の経験から、断酒の仲間の存在がとても大事だと、強く主張出来る。

 

 私は、断酒仲間のことを特に「朋(とも)」に字を当てて、「断酒朋」と称している。 

 朋とは、肩を並べる同僚。同門の仲間。同類の集まり。

 

 傍から見たら、ただ酒を断つ生活を一緒に送っているだけで、取り立てて何かを特別に学んだり、修練しているわけでもない。

 

 精神的なつながりなのだと思う。自分は酒を飲んでないけれど、仲間も飲んでない。みんな、飲んでない。自分だけがやめているわけではないんだ。と、こんな感じだろう。

 

 切磋琢磨とは、仲間同士互いに励まし合って向上すること、だそうだ。

 

 断酒の切磋琢磨はまことに素晴らしい効果を発揮し、ある期間経過すると、確かに向上していることが分かる。

 

 これを、断酒ではなくて、飲酒で考えてみると、全く当てはまらないことが分かる。毎日一緒に飲んだくれても、何一つ向上することはない。精々が、酒造メーカーと、国から感謝されるだけだろう。

 

 『断つならば 断酒の朋と 伴に断て 効果倍増 効き目てき面』

 

 久々の断酒短歌でに仕立てるとこんな風になるかな。

 

 真の断酒の朋は、自分が苦しんで来た経験を大切にしているから、相手の苦しみも良く分かる。だから、思いやりがある。

 

 持つならば、断酒の朋である。

 

 

 

 

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断酒・断酒・断酒!!

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