人生の本道と脇道についての考え方を昨日書いたら、沢山のコメントを頂いた。
ひとつ気になったのが、フィッシャーさんの、
『酒を飲まないというと「それでも男なの?」と酔った女性に言われたことがあります。断酒を続けていくには、強い意志が必要です。』
とのコメント。
酒とは何なのか、きっちりと理解していれば、酒を飲まないことについて誰に何を言われようと、自分の生き方が正しいことを再認識するだけのはず。
例えば、今日私は、こんなtweetをした。
何のために飲む酒なのか、考えさせられる・・・
— 断酒男爵 (@anomiyakun) 2018年8月29日
酒に酔って道路で横になったか 30代ぐらいの女性がトラックにはねられ死亡 名古屋・中区(中京テレビNEWS) - Yahoo!ニュース https://t.co/Ypn1oCdTMb @YahooNewsTopics
これが、酒なのである。こんなものを飲むのをやめた自分は、素晴らしいではないか。男なら、毒を飲め!と言われたところで、それがおかしな発想であり発言であることが分かるので、別にどうと言うこともないと思うがどうだろうか。
これは、断酒に関わらず、自分の人生をどう捉えるのか、の問題である。
自分の人生を、他の人の人生や考え方に合わせる必要など全くない。
自分自身のの人生なのだから、独立独歩を貫くべし。
断酒に照準を合わせて言うならば、そもそも、飲酒礼賛社会に同調して来たのは過去の自分であり、これと決別して酒を断捨離したのが、今の自分ではないか。
つまり・・・
私は、断酒しているのではなくて、積極的に酒を飲まない生き方を選択し、日々楽しく生活しているのである。
これが、私たち断酒erの生き様なのである。
この言葉は、昨年の次の記事の、最後に書いてある。
酒に酔った人の発言など、正気ではないのだから、いちいち気にすることは全く無い。酔っぱらいは、自分の言ったことを翌日に思い出せない。
酒を飲むことが正当で、酒を飲まないことは不当だと言う考え方が、心の奥底にあればこそ、酒をやめた自分、断酒している自分が何となく後ろめたいのではないだろうか。
これは真逆の真理であって、酒を飲むことは不当であり、酒を飲まないことこそ正当なのだ。
何故ならば、酒とは、合法と言うオブラートで包まれた、有毒のアルコールが主成分の、飲み物だからである。
その中身と薬効は、違法な薬物と何ら変わりがないのである。
このことを分かっていれば、酒を飲まない生き方を選んだ自分に自信が持てるのである。
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