酒をやめてhappyになろう!

31年間飲んできた酒をついにやめる日が来ました。でも、「断酒」はつらいよ。。。さて、いつまで続くか、続けられるか。はっきり言って、自信なし!《飲酒コントロール不能な「のみすけ」が書いてます。適正飲酒の方、酒を愛飲されている方は、当ブログをスルー(無視)して下さい》[コメント気まぐれ返信中m(_"_)m]

断酒・断酒・断酒!!

明日死すとも、今日の断酒に意味有らん(断酒5年194日目)

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 昨日の記事の、とても重い問い掛け、

「断酒に手遅れはあるのか?」

に、nenekotanさんから、こんなコメントが入っていた。

 

 「明日死んじゃうとしても、今日の断酒は意味があると思います。」(nenekotan)

 

 これ、文語風にしてみると・・・

 

 「明日死すとも、今日の断酒に意味有らん」

 

 (´ºωº)ウム!・・・そのとおり!である。

 

 けれども、酒をどういう思いで断っているかによって、捉え方が変わって来ることも確かで、飲みたいのに、ドクターストップなどで仕方無く断っている人は、考え方が全く違い、こんなだろうな。

 

 「明日死ぬなら、今日は思う存分酒を飲むぞ!」

 

 明日死ぬことが分かっているなら、我慢して酒をやめていることはない!生きている今日、好きなだけ酒を飲むぞ!酔うぞ!

 

 我慢の断酒をしている人は、たぶん、明日死ぬなら、今日とことん飲むことだろう。

 

 だが、酒の正体を見破って、断酒の生き方を自ら選んで生きている人は、違う。

 

 「明日死すとも、今日の断酒に意味有らん」

 

 これの意味を、理解出来る人であることは確かだ。

 

 これは、次に掲げる、孔子やルターの言葉に通ずるものがある、と私は考える。

 

 「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」(論語)

 (あしたにみちをきかば、ゆうべにしすともかなり)

 If I hear the Way of truth in the morning, I am content even to die in that evening.

 

 「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える。」(ルター)

 Even if I knew that tomorrow the world would go to pieces, I would still plant my apple tree.

 

 飲んだくれて酔っぱらったままでは、この世を去りたくない。 

 アルコールの薬物としての人体への効果は、麻酔薬のそれに似ているそうだ。 

 つまり、酒を飲み続け、酔っ払って死ぬのは、麻酔を掛けられたまま亡くなるのと変わらない。

 

 酒を断って、世話になった家族や、その他の方にお礼と別れの挨拶をして、悠々としてこの世を去るのが、私の理想だ。

 

 飲んだくれて、泥酔して、どこを歩いているのかも分からない状態で、いつの間にか死んでいた、とか、或いは、飲み過ぎが原因の病が重篤化し、それでも飲み続け、家族や関係者に大迷惑を掛けながら死んで行く人もいる。

 

 もし奇跡的に、死の前日に酒を断ったとしたら、その死に様は、飲んだくれたままの死とは違うことは確かだろう。

 

 

 

 

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