私も「ない」し、私と同じ方法で断酒している仲間にも「ない」人がちゃんといるのである。
何が「ない」?って?
もちろん「ない」のは《飲酒欲求》である。
「ない」と言っているのに、それは、おかしいとか、「《飲酒欲求》がない”積もり”に過ぎない」とか、「断酒たった数年で《飲酒欲求》ない」など、ありえないとか・・・
「飲酒欲求が消えるなんてありえない。一生飲酒欲求を抱えたままするのが、断酒なのだ。」
↑このような考え方は、固定観念に過ぎない。
しつこいようだが、誤解・勘違いがあるといけないので、整理しておこう。
今、私に飲酒欲求があるか? ⇒ 否。(日々、酒なしで快適。)
酒を見ると、飲みたいか? ⇒ 否。(吐き気を催す。)
たまに、酒を飲みたいときがあるか? ⇒ 否。(極たまにでも、なし。)
酒を見たり、飲酒を想像したりすると、吐き気を催すのに、飲みたいわけがない。そこまで身体が反応するようになるまでは、かなりの嫌酒の修業期間を必要としたことは事実であるが。
この、酒を飲みたくない、忌避する感覚がどのようなものか、分からない人に分かってもらうには、タバコを例に出すと、良いかもしれない。
ヘビースモーカーであった人が禁煙して、ある程度の期間が経過すると、他人のタバコの煙に超敏感になり、悪臭と感じて、気持ちが悪くなるそうだ。(←これは、私も経験しているし、他に沢山の同じ禁煙経験の方を知っている。)
かつて、あれほど慣れ親しんだ紫煙だが、いざ自分がそれを断ち、暫くニコチン切れに苦しんでから、やっと禁煙生活が板に付いて来た頃・・・どこかから漂って来るタバコの煙が、臭くてたまらなくなるのだ。
喫煙していた頃、多い時で1日3箱、少なくても1箱半は吸っていた私だが、今では、超絶にタバコの煙には敏感になった。大嫌いなのである。歩行喫煙している人を発見するや否や、道路の反対側へ逃げるくらいだ。
これと同じことが、酒でも確実に起きるのである。
酒のやめ方にもよると思うが、酒を嫌えば嫌うほど、そうなり易いことは確かである。私のように、嫌酒で酒を断った断酒仲間は、ある期間経過すると、酒に対して愛想を尽かすようになり、飲酒欲求は無くなるようだ。
酒&飲酒が、バカバカしいものに思えて来るのだ。何故に毒を飲んで自分と家族を傷めつけるために、カネと時間を費やすのか?
一方、酒に対して、ほんの少しでも好意が残っていると、酒を心底嫌うことは不可能である。
また、酒は悪くない、飲んだ自分が悪かったのだ、などと、アルコール依存症になったことを、飲んだ自分の所為にしているようだと、飲酒欲求は断酒しても一生ついて回る事だろう。
毒物アルコールが主成分の酒なる飲料は、その存在が悪なのである。飲み方云々の前に、本来飲んではいけない飲料なのである。
この辺りの認識の違いが、飲酒欲求消失と深く関係していることは確かだ。
私は、毒物アルコールが入った飲料=酒など、飲みたいなどとこれっぽちも思わない。
※追記:(2018/10/2)
10月1日から、タバコが値上げされたことを、知らずに書いていた。たまたまタバコのことを書いたのは、全くの偶然だった。それほど、害としてのタバコには関心があっても、商品としてのタバコには無関心になっていたわけだ・・・
酒もどーーーんと値上げされるといいのにね!
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