「よく、毎日書くことがありますね?」
「5年以上、毎日ブログを書いてるなんて、信じられません!」
たまに、こんなことを言われる。
意地を通して、毎日ブログを書いているのは、酒を飲むことのバカらしさ・危険性を、もっと多くの人に知ってもらいたいからである。
酒を断ってから5年7か月、断酒については、書籍、ネット、その他から実に多くを学んで来た。
手前味噌になるけれど、私のように、はっきりと、堂々と、
「酒は毒物だ!飲み物ではない!」
と主張している媒体(書籍、ブログその他)を見たことがない。
(かなり考え方が近い、或いは殆どニアリイコールの人がたった一人いらっしゃり、それは、ベストセラー『禁酒セラピー』のアレン・カー氏である。)
一般的に、断酒は、酒ありき、飲酒ありきを大前提にしている。だから、ダメなのだと思う。
酒が飲める人が一人前、酒のある世の中が当たり前で、酒を飲めない人は異常だとか病気だとか、そんなことがまことしやかに多くの人の常識になっている。
それなので、そこから漏れた断酒者は、ある種惨めな思いをするのである。酒なんて、毒なのだから、本当は真逆で、飲まない人、断った人が正常なのに!
ところで、私は、自分の心の中を日々探っている。
実際のところ、酒なる毒を飲みたいという欲求は皆無である。
もちろん、病であるアルコール依存症を患っており、これは一生治癒しないことを十分に学んだので、知っている。
なので、ほんの少量の酒が口から入れば、たちまちにして元の飲んだくれに戻ってしまうことだろう。
かつては、酒を嫌いになるために努力をしていたが、それで大嫌いになったあと、酒に対しては、もう一歩進んで、好悪の感情は消えた。
今や私には、酒なる毒入り飲料は、好きとか嫌いとかの対象ではないのである。酒は、私にとっては、ドブの水と同じことなのだ。ドブを流れる水を好きとか嫌いとか言わないだろう。
なので、飲酒欲求が消えた人は、本当に消えたのである。逆にそれを、いやいや残っていなければおかしいなどと言うほうが、おかしいのである。
巷でよく聞く、アル中を更生させるための《アルコールに対して無力》なる文言だが、これはそもそもが、酒を飲み物として扱っているから出て来るわけである。
《青酸カリに対して無力》
《ストリキニーネに対して無力》
《テトロドトキシンに対して無力》
3つほど毒を並べてみたが、これなら「当たり前だろ!」と言われるだろう。アルコールも、これらと同列の、毒なのだ。
以前から主張していることだが、酒を自分の飲み物リストから除外することこそ、断酒のパラダイムシフトだと思う。
もちろん、断酒の理論もやり方も色々、それを実践する人もそれぞれ。なので、個人個人、その人に合ったやり方・考え方・取り組み方で良い。
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