我が友、関西弁のCさんは、相も変わらず飲んだくれている。
飲み過ぎて調子が悪いとか何とか、愚痴が時たまLINEに入っているが、何と答えたものか、いつも考えてしまう。
前夜酒を飲み過ぎて、今日気分が悪いのは、自業自得ではないか。それを他人に訴えたところで、どうなることでもないだろう。
私は「それは辛いね~。」とか、当たり障りのない返信しかしない。
飲んだくれに断酒を勧めても「くたびれ損の骨折り儲け」なので、それは、絶対にしない。このことは、かつての自分を思い起こすならば、良く分かる。酒飲みは、人の言うことなど聞きはしない。あまつさえ、それが「断酒のススメ」などであれば、なお更聞く耳持たぬ。
そこで、私がしているのは、断酒している自分を見せつけてやることだ。まぁ、言われる飲んだくれにしてみるとこれ、嫌みでしかないだろうけどね。
「あ~、そう言えば、私はかれこれもう、5年になるけど、二日酔いなんてしたことないな。だって、酒飲まないんだもん。」
こんなようなことを言うと、
「へぇ~。それは凄いでんなぁ。私には酒をやめるなんて、考えられませんわ。」
断酒に関心を持つのは、本人にやめる気がある場合であって、端から他人の断酒を自分に引き写して考えようともしない人は、飲み続ける。
なので、断酒を他人に勧めることは、全くの無意味なので、しない方が良い。その代わり、自分の断酒をひけらかしてやるのだ。
そう言えば最近、酒を断ってから全く会わなくなった、かつての飲み友達と、あるSNSを介して久しぶりに連絡を取り合った。
その人は私と全くの同い年であるが、この5年9か月くらいの間、飲み続けて来た。彼はアルコール依存症ではなくて、単なる酒好のようだが、毎日酒を飲んでいることは間違いない。
酒の話題が多く、私の断酒を、今でも唖然として受け入れられないようだ。酒を大好きな彼にしてみると、かつてあれだけ飲んでいた私が、酒を断ったことに、とても違和感を感じているみたいだ。
どこかで見切りをつけて酒を断つか、そのまま飲み続けるかによって、人生の終盤に於ける酒の有無が、有終の美を飾るか、晩節を汚すかの、分かれ目になることが多い。
このことがあって、本当は、世のすべての飲んだくれに、断酒を勧めたいのだが、先ほども書いた通り、飲んだくれは聞く耳持たぬ。
では、どうするかと言えば、断酒している自分を見せつけてやるのだ。
飲んだくれにとっては、嫌みでしかないだろうが、酒を飲まないことについて、何かしら気付きがあれば、儲けものではないか。
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