酒を飲むと酔う。
酔うと、素面の人がしない行動をすることがある。
往々にして、酔いに伴う行動で、人は酒に貶められる。
こんな報道が目に入ると、タイトルだけで、
「ははぁ~ん、こんにゃろ、酔っ払ってたな!」
と、推測し、読んでみると、ドンピシャ!
酔っ払ってこう言った行動に出る人が、素面の時にはどんな人なのかは、知らない。だが、少なくとも、アルコールが脳に回って、ラリった状態よりは、道徳的なのではないだろうか。
酒を飲んで酔った人が、素面の時よりも、
上品になる、とか、
相手を思い遣る、とか、
周囲に注意を払う、とか、
言葉遣いに気を付ける、とか、
細かいことに気付くようになる、とか、
そんなことは聞いたことがなく、これらの反対の行動をすることが多い。
つまり、酒はひたすらに人を貶めるのである。
老若男女全く関係なく、飲酒して酔うと、人は下品になる。人間にしかない、理性を司る大脳がアルコールで麻酔されてしまうのだから、当たり前だ。
落ち込んでいても、酒を飲むと明るくなる。だから飲むと言う人もいるだろう。確かに、酒は一時的に沈んだ気分を引き上げてくれる。
だがこれは、頭痛や発熱時に服用する鎮痛解熱薬の効果と何ら変わらない。急な頭痛の時に、薬は役に立つが、一時的に痛みを感じないようにしているだけで、根本的に治しているわけではない。
日々このように、酒酔いに関して考察していると、二度と酒なんぞ飲むまいと言う気持ちを新たに出来る。
酒を飲んで酔うことは簡単だし、あっと言う間に別世界へ行けるわけだが、それによって、自分が地に落ちることも十分に承知している。
酒に貶められるなんて、真っ平ごめんである。酒なんぞに、自分の人生を辱められてたまるか!これが、私の酒への反抗心である。
大体、飲んでいる内に我を忘れ、翌朝、気付いた時には、後悔の鬼になっており、時間よ戻れ、そうすれば飲まないからと、ひたすら反省ばかりの一日が終わってしまうのだ。
酒に貶められた人は、地球上に何億人いるのだろうか。
こんな、アルコールなんぞに自分の人生の方向を変えられてしまうなんて。
バカバカしいにも程がある。
毎日毎日、三面記事欄を賑わす酔っ払いども。今、酒を断っている人は、大丈夫だが、飲み続けている人は、その内に、自分が事件を起こすかもしれない。
『酒やめて いつも素面の 我なれば 理性働き 日々の安心』
『飲み続け 我を忘れて 泥酔し 目覚めてみれば トラ箱の中』
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