夕方、通りの向こうから知人(同世代の男性)が歩いて来て、挨拶を交わした。
「仲いいですね、ご夫婦でぇ~」
と、その人に言われ、あ~確かに!と。
そう、今日も、かみさんと出掛けていた。
練馬の光が丘公園で行われていた、JA東京あおば農業祭。
前回来たのは4~5年前くらいか・・・と過去のブログを探したら、4年前だった。
4年前のブログの写真を見て思い出した。あの日は、今日ほど天気が良くなかった。どんよりとした空で、もっと寒かった。
今日は、晴れて抜けるような青空。気温も上がり、私は半袖で丁度良いくらいだった。
写真には写せなかったけれども、その会場の遥か空の彼方に、飛行機がスーッと飛んで行くのを見て、今日のタイトルの背面飛行が浮かんだ。
飛行機の飛び方に、背面飛行がある。
アクロバット飛行などでわざと披露される場合もあれば、何らかのトラブルが原因でそのような飛行になることもある。
飛行機はもちろん、通常の状態で飛ぶことを前提に設計されている。が、パイロットの技術で、上下ひっくり返った状態で飛ぶことも出来る。背面飛行である。
人間も、シラフで生きるように設計されている。神様が、そのようにお造りになったのに、酒を飲んで酔っ払って生きる様は、逆さまではなかろうか。正にそれは、人生の背面飛行である。
アクロバティックな背面飛行は、素面の、熟練したパイロットの成せる技であるが、人生の背面飛行は、人間コックピット(脳)にアルコールが座って操縦しているのだ。かなり危険な人生飛行である。
見た目も実際も、飲んだくれは、人生の背面飛行をしているのだ。自分では、真っすぐに飛んでいると勘違いしているが、実は、上下逆さまの状態で飛んでいるのだ。
それは、第三者が地上から飛んでいる様を見て分かることで、飲んだくれ本人には分からないことなのだ。
見上げた空を横切って飛んで行く飛行機を見て、そんなことを思った。
私は、6年とちょっと前に、断酒によって、それまでの飲んだくれ背面飛行から、素面の通常飛行に切り替えた。
アルコール漬けだった自分の脳が、断酒によってキリっと引き締まり、自分の人生を操縦する上で、実に頼もしいのだ。おかしな表現だが、これは事実。
断酒間もない人は、このことを噛み締めることだ。即ち、アルコールの流入を自らの意志で断ったことは、自分の人生の操縦桿をアルコールから取り戻したのである。
これまで飲んだくれ背面飛行だったのを、素面の通常飛行に切り替えたのだ。
酒なしのクリアな脳で、どこまでも飛んで行こう。
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