酒をやめてhappyになろう!

31年間飲んできた酒をついにやめる日が来ました。でも、「断酒」はつらいよ。。。さて、いつまで続くか、続けられるか。はっきり言って、自信なし!《飲酒コントロール不能な「のみすけ」が書いてます。適正飲酒の方、酒を愛飲されている方は、当ブログをスルー(無視)して下さい》[コメント気まぐれ返信中m(_"_)m]

断酒・断酒・断酒!!

制約のない自由は暴走する(断酒7年257日目)

 今朝は、我が家の周囲では霧が出て、一面ミルク色の空気に包まれた。

 ベランダへ出て見ると、湿度が高く、寒くはない。

 それから徐々に霧は晴れて、曇り空から太陽が輝いた。

 

 丸で、飲酒の濃霧に包まれていた自分が、断酒したことによって本来の視界を取り戻した出来事を、気象で表現したかのような朝だった。

 

 今日のタイトルは、昨日書いた、泥酔したボクサーの起こした出来事に関係する。

 

 最近、朝に良く聞いているBBN聖書放送と言うラジオアプリから、

「制約のない自由は暴走する」

「制約の下で自由にのびのびと生きるのが良い」

そんな話が流れた。

 

 途中から聞いたので、話の全容は分からないが、かの有名なモーセの十戒についての話だった。

 

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 モーセの十戒は、同じキリスト教でも、カトリックとプロテスタントでは、異なっている。

 

 その辺りは、置いておき、旧約聖書を読むと、モーセに導かれてエジプトを脱出した民は、この十戒を破っては神に見放され、ゴメンナサイと謝って神に赦されると、また破って神に見放され、またゴメンナサイと謝って・・・を繰り返す。

 

 モーセがシナイ山で神から与えられた十戒は、それを守れば、神は幸福を約束してくれたのに、人々は破っては暴走する。

 

 断酒も同じではないか。

 断酒は、十戒どころか一戒である。

 即ち、酒を飲んではいけない、或いは、酒を飲まない事。たったこれだけの戒めだ。

 

 この一戒(制約)を守った上で、自由にのびのび生きるのが、断酒人。

 たったひとつの戒めを守らず、或いは守れず、己を自由にしてしまえば、底なしに飲んだくれて暴走する。

 

 我が家の子供たちは、元飲んだくれの断酒おやじを見て育ったので、酒を人生から除外することに、一応成功している。

 

 やっと成人したかしないかくらいの彼らには、これから先長い人生なので、ずっと酒と関わらないでいられるかどうかは分からない。

 

 もしこのまま一生酒と関わらずに生きることが出来るならば、酒を飲まない一戒を守った上での人生は、とても豊かになることと思う。

 

 私ですら、人生の途上から始めた断酒の一戒で、残り少ない人生が豊かになったのだから。

 

 ここ数日書いているけれど、今年は断酒をする上では、中々に好都合な状況にある。

 断酒を始めたばかりの時、困るのは飲み会だが、その機会がほぼ消失しているからである。

 

 酒を断つ、或いは、酒を飲まない、この一戒を己に課して、その下で自由にのびのびと生きようではないか。

 

 

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