元々は自分の断酒の継続のために始めたこのブログ。
それが今では、このブログは最早私の断酒継続にはほぼ無関係になっている。
毎日断酒について何かしら書くことを自分に課している(ように見える?)。いつまで続けようかと考えることもある。
不思議なことに、就寝前に書くことが習慣になっていると、何も書くことが 無い日でも、何かしらの文章を書いている。
断酒ブログの勢いと言う点では、かなり衰え枯れて来ていることも事実。書き始めから1年、2年、3年・・・と経つ内に、断酒への情熱は冷めて来たから。
川に例えるなら、険しい山間の源流が断酒の始め。ちょろちょろと流れ出し、あちこちから水を集め、急流となって勢いを増す辺りが断酒1年くらい。
それから段々と水の流れが川らしくなって来て、山の麓へ、里へと川が続き、川幅も広く流れも緩やかになる辺りが断酒3年くらい。
今の私は、海へと注ぐ河口辺りに来ているのかな。
断酒を川に例えて見たけれど、たまに、まだ流れが源流、つまり、断酒して数日の方からコメントが入る。最近も、入っていた。
私の経験からしても、酒を断った日から数か月はかなり厳しい。もっと細かく言うなら、酒を断ってからの乗り越える壁として、先ず3日間、その次は1週間がかなり長く感じられる。
色んな人が、ブログやらYoutubeやらで、断酒はこうしたら良いとか発信しているようだが、万人向けのやり方は存在しない。
今日のブログタイトルにしてみたのだが、断酒は自分で体得するしかないものだ。コツやら考え方やら、参考になる情報はあるかも知れないが、最終的には自分で納得出来る形で断酒を継続するしかない。
正に体得である。
自転車に乗ることを例にしてみよう。
自転車の構造や、なぜ自転車は倒れないのかの理論、自転車の乗り方についてのノウハウなどを、詳しい人からどんなに学んでも、乗れない。
自転車に乗りたいなら、何度も転ぶことを覚悟して、自転車に自分で乗り練習し、うまく乗れるように体得する他は無い。
教えてくれる人が乗るのではなく、自転車には自分で乗るのだから。
断酒も、断酒継続している人に何をどんなに教わっても、それで断酒が出来るわけではない。自分自身が酒を断ち、苦しみつつ、それを継続しなければならない。
つまりは、断酒も体得するしかない。しかし、これ、一旦体得し、自分のものにしてしまうと、自分の断酒は強いことが分かる。
断酒を体得すれば、私の断酒は、自家薬籠中の物。そう言えるようになる。
*広告
↓↓↓※コメント欄は、承認制にしています。すぐには反映されませんが、必ず、読んで承認しますので、お待ち下さい<(.".)>
(まことに勝手ながら、コメント内容によっては、承認の前に、削除することもあります)