冬だから寒いのは当たり前だが、今朝は冷え込んだ。
我が家の二匹の猫のうち、人間と一緒に寝るのはちぃちゃん。みぃちゃんはいつも一人(一猫?)で寝ている。
ちぃちゃんは、私か妻か、どちらかの布団に潜り込んで寝るので、冬は、生きる湯たんぽ・ちぃちゃんの奪い合い😂
さて、昨日の昼間のことだったが、台所で昼食の準備をしていた時、食卓で勉強している息子としていた何かの会話の中に「毒性学」なる言葉が出た。
のみすけ:「ん?どくせいがく?何それ?」
息子:「毒性学って、ま、簡単に言うと、物質が生物にどんな毒性を持つか、どの程度の量で毒性が発揮されるか、それを治療するにはどうするかみたいなことを研究する学問かな」
の:「ほほ~。そんな学問があるんかい」
息:「毒性学の父、パラケルススって人がいるんだけどね、その人の言葉で、こんなのがあるんよ。wikipediaに出てるけどね」
の:「うん?」
息:「全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか、そうでないかを決めるのだ」
パラケルススって、何だか恐竜みたいな名前だなぁ・・・などと思いつつ、ちょっと調べて見たら、16世紀にヨーロッパで活躍した医師で化学者で錬金術師で神秘思想家だそうな。
日頃、酒は毒だ、酒の本質は薬物アルコールなのだから、身体に害があるとブログで吠えているわけだが、考えてみれば、何でも大量に摂取すれば身体に良くない。
昔、徴兵検査を逃れるために、醤油をラッパ飲みした人がいると、何かの本で読んだのを思い出した。
その作用機序は、醤油のほうが体液より濃度が濃いので、浸透圧の関係で、頭痛・吐き気・発熱・悪寒・目眩などに見舞われ、病気だと判断され、徴兵を免れることが出来たとか。
醤油だけではない。何にしても、常識を超えた量を身体に取り入れれば、それは人体にとって毒となる。砂糖にしても塩にしても、大量に身体に入れれば、最早それら調味料は毒である。
酒の主成分アルコールも、ほんの少し(正に決められた量=微量)ならば、寧ろ人体には良い効果があると言う研究もあったような気がする。
全てのものが毒であり、毒でないものなどない。その服用量によって、毒となるかそうでないかが決まる。
このことは、日々の食事の量にも言えるのかもしれない。
私の友人の、関西弁のCさんは、いつも満腹まで食べないと気が済まない人。で、運動は嫌い。その結果、BMIが40を超え、かなり危険な体型をしている。糖尿病も患っているのに、健康などどこ吹く風のような態度。
Cさんにとっては、食べ物がその常識的な食事量を超えて、毒になったわけだ。
酒を断っても、まだまだ自分の周囲には毒がある。
身体に入れる量を考えなければならない。
パラケルススの言葉から、自分が日ごろ心掛けている腹六分目が、中中に良いことではないかと感じた。
それで「腹八分」は聞いたことがあるけれど、「腹六分」はどうなのか調べてみたら・・・
『腹八分で医者いらず、 腹六分で老いを忘れ、 腹四分で神に近づく』
ヨガの教訓だと!
私は医者いらずを超えて、老いを忘れるところにいたようだ。
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