耐え忍ぶ、堪える、辛抱することを「我慢」と言う。
我慢が必要な場面もあれば、我慢するのは毒で、身体に良くないこともあるだろう。
「我慢」を辞書で引いて見たら、その用例に、
「飲みたい酒を我慢する」
と出ていた。
酒をやめていても、タバコを手放せない人がいる。理由は、
「酒を我慢してるんだから、タバコくらいいいだろ」
が多いようだ。
未練をずっと持ったまま飲まないでいる。これが、一般的な断酒者の姿なのだろうか。もしもそうだとしたら、なぜ、自分の意識を改革しようとしないのだろうか。
一生酒を飲まないとして、死ぬまで飲酒を我慢するなんて、私には出来ない。だから、嫌う事にした。
酒を嫌いになれば、「嫌いな酒を我慢する」わけないもんね。この辺り、何年も前から当ブログで主張して来ている内容だ。
鹿児島・奄美の飲酒ひき逃げ死:再度5000万円 時効前提訴で賠償判決 大分地裁 - 毎日新聞 https://t.co/lbIfu60oxD
— 断酒男爵 (@anomiyakun) 2016年3月17日
これは、今日たまたまネットのニュースで見つけて、思わず憤ってしまい、tweetしたものだが、飲酒運転で人を殺めておきながら、裁判の結果に従わず、1円も支払いをしていない馬鹿野郎がいると言うニュースだ。
被害者は踏んだり蹴ったりどころではない。勝手に飲んだくれて酔っ払った馬鹿野郎に殺されて、裁判では勝っても、その判決内容がきちんと履行されていないのだ。
酒の正体、それを飲んで酔い、やらかす犯罪の正体、これをしっかりと見て、過剰な飲酒と、その結末について良く考察すれば、自分にとって酒とは何か分かるはずだ。それは、我慢するものではなく、忌避すべき存在のはず。
尤も、酒をやめるために大嫌いになったところで、3年経過した今では、私はもはや酒を飲み物と思っていない。だから、嫌いでも好きでもない。
追記:
2016年3月17日、弁護士(32)が、ひき逃げで逮捕され、呼気から基準値を超えるアルコール分が検出されたそうだ。
この弁護士は16日午後11時45分頃、名古屋市の国道19号の交差点で、自分の乗用車を、信号待ちで止まっていた男性(46)のミニバイクに追突させ、左足骨折などの大けがを負わせたのに、そのまま逃げた。
弁護士も、アルコールが回ると、ひき逃げする。結局、酒を飲んだら、誰だって、その主成分エタノールの餌食になってしまうのだ。
酒というもの、実は、そんなに気軽に飲んで良いものなのか、実に疑問なのだが...この辺り、気付くかどうかが、酒から離れられるかどうかのポイントかな。
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