昨夜、ネットを介して集まったメンバー4人で、断酒談義を70分くらいやった。
東京、埼玉、名古屋、大阪を結んだわけだが、物理的な距離を全く感じることがなく、すぐ隣にいるような感覚だった。
ひと昔前であれば、東京、埼玉、名古屋、大阪に住んでいる人が同時に会話するなど考えられなかったが、さすがは文明の利器、インターネットの威力は、凄いなと改めて実感したことだった。
さて、会話の内容だが、メンバーそれぞれ、笑顔で参加して下さってはいるけれど、酒害に関しては私などより壮絶な過去をお持ちの方もいらっしゃる。
Aさんは、3年前に、脳のCTスキャンを受け、同年代の正常な人と比較すると、かなり萎縮が進んでいると、医者に指摘されたとのこと。
その画像を見せられ、その原因が過剰飲酒にあることが分かっても、酒を断つところまでは行かなかったそうだ。
Aさんは、まだ完全に断酒が出来ているわけではなく、やめたり飲んだりではあるが、徐々にやめるほうが長くなって来ている。
もうひと方、Bさん。
Bさんは、3年前に、3か月アルコール依存症で入院し、回復に向けた病院での様々なプログラムを受けたけれど、退院後数週間で飲酒が復活してしまったとのこと。
そして、1年半前に、急な腹痛に見舞われ、病院を受診したところ、中々原因が分からなかったけれど、実は、急性膵炎であり、酒が原因だと自覚したそうだ。
でも、それが断酒には結びつかなかったと。
職場では、お茶を入れた容器を持つ手が震え、それを悟られないため、つまり手の震えを抑えるために、隠れ飲酒をしていたそうだ。
私は、Bさんに聞いてみた。
「3か月の入院でも、酒をやめられず、急性膵炎になっても、断酒へと心が動かなかったのに、昨年の今ごろから酒を断ってらっしゃるのは、どんな心理なんですか?」
「自分からやめる気になるかどうか、これだけですね」
Bさんは、にこやかで、表情が明るくて、とても過去にそんな壮絶な酒害体験をされていたようには見えない。
どんなに設備の整って、優秀なスタッフのいる病院に入院しても、患者自身が本心から酒を断つ気になっていなければ、その入院そのものが、無意味で無駄なものになってしまうのだ。
オフ会の時に、どなたかから聞いたこんな話を思い出した。
入院の常習者がいて、治すために入院するのではなくて、飲んでいて調子が悪くなると入院し、アルコールを抜いて、体調が回復したころに退院し、肝臓が元気になったところで、うまい酒を飲むアル中のツワモノが存在する。
断酒のキモは、自ら酒害に気付き、自ら断酒を志し、実行することである。
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