今日は、久しぶりに太陽が力強く輝き、降り積もった雪をジリジリと融かしていた。
凍えるような寒い日もあれば、照りつける日光の温もりを感ずる日もある。
そんなことを考えていたら、『北風と太陽』という、誰でも知っているイソップ童話を思い出した。ブログに書いた覚えがあり、探したら、2013年5月31日に『泣けるひと言(断酒78日目)』という記事の中で書いていた。
この日は、まだ断酒後2ヶ月半。飲みたくてたまらなかった頃だ。なんだか良いことが書いてあるなー。自分で書いたとは思えない(笑)ブログを読み返したら、この日のことを鮮明に思い出した。
酒をやめるのには、問題飲酒をしている本人が、自ら酒という服を脱がなければダメだ。周りの人間が寄ってたかって無理やり酒という服を剥ぎ取ろうとしても、本人は縮こまって、絶対に脱ごうとも、脱がされようともしない。寒がって、更に酒という服を着込んでしまう。
もし、酒をやめた前後、かみさんの逆鱗に触れて、やいのやいの言われていたら、ひょっとしたら、私は反発してしまい、断酒の道を歩んではいなかったかもしれない。今となっては、分からないことだが。内のかみさんは、飲んだくれの亭主を、見捨てもしなかったし、断酒しろとも言わなかった。
童話の『北風と太陽』に出てくる旅人が、ここでは、酒を飲んで日々脳内トリップをしている人・・・かつての私。
やっぱり、北風ではなく、太陽の光でじんわりと温まってくると、暑くて着ていられないのだ。アツイアツイ!もう、脱ぐよ、この酒の服。自分で酒と言う服を脱いだ人は、もし仮にまた着てしまっても、脱ぎ方を知っているから、何度か着脱を繰り返すかもしれない。
ただ、イソップ童話では、旅人に服を脱がせる競争を、北風と太陽でしているわけだが、問題飲酒者が、自ら酒をやめようと思い、行動するきっかけとなる太陽のような役割の存在って、何だろうか。
他の病気なら。。。虫歯だったら、歯が痛むから、歯医者さんへ行く。お腹が痛ければ、その度合によって、市販の薬を飲んだり、夜中でも救急病院へ行くだろう。高熱が出れば、やっぱり医者へ行く。
ところが、アルコール依存症という病は、周囲の人誰もが、その人を見て、病気だと思っているのに、張本人は、自分はそんな病気なんかじゃない、と否定する。ここが厄介なところだ。
私も、止めるきっかけとなった日の出来事で、あー、これは、病気だ!と、気付くまでは、自分だけは、絶対にアルコール依存症などではないと思っていたからなー。
→娘が、バレンタインデーの《友チョコ》を沢山もらってきた。もちろん、自分が上げた分のお返しだろうけれど。。。辛党から甘党に変わったおやじも、おすそわけに与ろうかな(笑)
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