「一生、酒を見る度に脳からヨダレは出るんでしょうね」
昨日[2017/12/18]の記事『脳からヨダレ?!(断酒4年279日目)』をお読みになった、断酒5カ月の読者の方から頂いたメールに、書いてあった。
この方は、これはもう、そう言うものなのだから、仕方ないことだと割り切って、一生断酒を続けて行こう、と覚悟を決めていらっしゃる。
私は、この方に、メールを返信して、決してそうではないことを伝えた。
私も当初の半年くらいは、酒が目に入ると、生唾ごっくんのような状態を、如何ともしがたく、こんな状態をずっと続けるのか!?と、嫌気がさした。
だが・・・
酒・酒・酒!
だったおっさん(→のみすけ)が、酒をやめてから5年目の今、こうして穏やかに毎晩断酒ブログを綴ることが日課となっている。
もはや「吾輩の辞書に《飲酒》の文字は無い!」
・・・と宣言したいが、そうも行かない・・・
吾輩の辞書から《飲酒》の文字は消えることはない!
何年やめていても、酒及び飲酒に関しては、警戒が必要であるから、寧ろ消すわけにはいかない。
飲酒の文字は消えないけれども、吾輩の辞書に書いてある「飲酒」の説明は、全く変わった。
かつては・・・
→適量のむと気持ち良くなり、ストレス解消や、仲間との語らいにとても効果がある。
今は・・・
→酒は毒性が強く、肝臓を始めとして、各種臓器、更には脳に悪影響を及ぼす。更に、飲み出したら止まらない酒癖であるから、飲酒ではなく断酒するべし。
そう、酒を見ると、条件反射で脳からヨダレが出るのが嫌で、酒を徹底的に嫌うことにした、当初の一年間。
この努力が実って、二年目くらいからは、酒を見るとヨダレどころか、吐き気を催すようになった。
具体的には、ビールだろうと日本酒だろと焼酎だろうとウィスキーだろうと、あらゆる酒と言う酒が目に入る度に、たった2つのことを強烈に連想することを繰り返したのだった。
連想のひとつめは、酒の中に潜む透明なアルコールを、頭の中で蒸留してみる。
ふたつめは、かつての酷く苦しんだ二日酔いをリアルに思い出し、脳内で体験する。
今では、もう酒のことは嫌いでも好きでもなく、依存性薬物のひとつとしてしか見ていない。
そんなわけで、あなたも、断酒してからの日々の過ごし方ひとつで、割と早く酒を無視出来るようになるはずである。
好きなだけ飲んでいた頃の酒に対する認識のままでは、いつまで経ってもヨダレは止まらない。酒を無視出来るようになるには、酒に対する認識を180度変える努力が必要である。
酒害及び酒の毒性を、大いに学ぶことと、酒を見たら即座に飲み過ぎた時の不快感を鮮明に思い出すことだ。これの訓練は、簡単だが、実に有効性を認める。
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