酒をやめてhappyになろう!

31年間飲んできた酒をついにやめる日が来ました。でも、「断酒」はつらいよ。。。さて、いつまで続くか、続けられるか。はっきり言って、自信なし!《飲酒コントロール不能な「のみすけ」が書いてます。適正飲酒の方、酒を愛飲されている方は、当ブログをスルー(無視)して下さい》[コメント気まぐれ返信中m(_"_)m]

断酒・断酒・断酒!!

酔っ払いに出来ること(断酒6年209日目)

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近所にある満開のコスモス畑

 近所に一面のコスモス畑があり、毎年咲き誇って、ちょっとした名所になっていた。

 

 ところが、昨年の秋のこと、突如やめてしまった。畑の所有者のご意向なので、致し方ないのだが、残念だった。

 

 それが今年、冒頭の写真のように、また復活した。

 

 コスモス畑に一喜一憂するなんて、断酒したからこそである。このコスモス畑のことも、飲んだくれ時代は知らなかったのだから。

 

 かつて毎日が酔っ払いであった私は、今や更生し、全くのド・シラフである。

 何年か振りで会う人は、私が酒を飲まなくなったことを、とても驚き、不思議がる。

 

 誰にどう思われようとも、飲まないものは飲まないのだ。

 私は、心底酔っ払いが嫌いなのだ。自分がかつてそうであった状態を熟知しているので、尚更である。

 

 そもそも、アルコールで脳が汚染された状態にある人を《酔っ払い》と呼ぶわけだが、この酔っ払いに出来ることとは、なんだろうか。素朴だが、マトモに考えるとバカバカしい。

 

 昼間、tweetしてみたのが、これ。

 

 

 他にもあるだろうけれど、酔っ払いに出来ることの殆どは、この世にあって害悪でしかない。

 

 それは当たり前で、常識ある人も、酔う=薬物アルコールでラリッてしまうことにより、十把ひとからげの《酔っ払い》に成り下がる。

 

 酔っ払いには、秋に咲くコスモスの花の美しさなど分からない。目に入って来る情報は、アルコールでフィルタリングされ、その通りには脳に届かないのだから。

 

 酔っ払いに出来ること。酔っ払いにしか出来ないこと。それらは、素面ではとても考えられない、破廉恥なことばかりではないか。

 

 どうしてわざわざ、そのような下卑た酔っ払いに成り下がるために、酒を飲むのか。かつて飲んだくれていた経験豊富な私にすら、全く分からない。

 

 酒を飲まず、酒から離れ、いつも素面でいることがどんなに素晴らしいことか、それは断酒してみないと分からない。

 

 なので、飲んだくれと断酒erの間には、埋めらない深い溝がある。その溝を、エイヤッと飛び越えて来るのが断酒erである。

 

 酔っ払いに出来ることは、はっきり言って、ろくでもないことばかり。

 

 

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