今日は久しぶりに、平日の銭湯へ行ってきた。
そこは、午前11時に開くので、昼間の風呂が楽しめる。
開店の数分前に到着したのだが、既に近所の人たちが列を作っていた。丸で美術館のようなモダンなデザインで、地下1500mまで掘削して湧出した天然温泉の野天風呂が自慢の銭湯。
少し暑いくらいの、抜けるような青空の下で、東京ではありながら、天然の温泉に浸かるのは、極楽。
温泉の湯の性質で、薄茶色に濁った野天風呂に身体を沈めて、白い千切れ雲が流れてゆく空を見上げた。かつて、この時間に布団の上で、二日酔いで死んだように動けなかった日のことを思い出した。
酒が自分の人生に無いだけで、どんなことでも楽しいし、貴重な時間を自分のために、家族のために有効に使うことが出来る。
普段の食事でも同じこと。沢庵一切れであっても、それを箸でつまんで、口に入れてポリポリ咀嚼出来ることが、嬉しい。
酒に酔っていたら、そんなことさえ自分では認識しない。そして、どんな食べ物であれ、食べるものは酒のつまみに過ぎないのだ。
明日の30日で、日本全国の非常事態宣言と蔓延防止措置が解除される。
ニュースで報道されていた映像で、インタビューを受けていた人は、これまでの自粛からやっと解放されるので、家族で旅行に行きたいとか、遊びに行きたいとか答えていたのが印象的だった。
今回の緊急事態宣言の期間は、延長に継ぐ延長で、果てしなく長く感じた。私の住む東京では、うんざり感が漂い、もはや緊急事態の緊張感が失われており、ただダラダラと宣言だけが引き延ばされていた感がある。
人々は、楽しみのひとつとして、外で酒を飲む。
店での酒の提供が、以前のように当たり前になれば、待ってましたとばかりに、大勢の人が酒に群がるのが想像できる。
夜の街であっちこっちをふらふらとする酔っ払い共の姿。
私の人生も、折り返してからゴールへと更に近づいて来た。私に与えられた限られた貴重な時間を、酒なしで楽しめるのは、真に幸せなことである。
断酒は、経過する時間で己を磨く砥石のようなものかもしれない。
『断酒とは 己を磨く 砥石なり』
(だんしゅとは おのれをみがく といしなり)
酒を断ち続けることにより、私のようなどうしようもない飲んだくれだった人間でも、こうして酒なしの日々を楽しむことが出来る。
断酒で己を磨けば、くすみや錆や刃こぼれが取れて、切れ味抜群のピカピカの自分になる。(かなりの時間がかかるけどネ!)
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