降雪が遅れていた北海道では、どかんと雪が降ったそうだ。
私の住む東京では、気温が下がり、本格的な冬へと、季節は歩を進めている。
ネットの報道で、少しばかり違和感を覚えたものがあったので、今日はそれについて書いてみる。
それは、今月の20日未明に、北九州市で起きた飲酒運転による轢き逃げ事故。22歳の男が、飲酒運転で、31歳の女性を撥ねて、そのまま逃走した。被害者の方は、亡くなった。
この事故関して、どの報道を見ても、飲酒運転で轢き逃げをした22歳の容疑者が一方的に悪いと、そのような内容の記事ばかりである。
だが、この事故、被害者に落ち度は無かったのだろうか。
まだ真っ暗の、11月下旬の日の午前4時前、横断歩道でも無い幹線道路を渡ろうと、いきなり飛び出したようだが・・・
私が見た記事へのコメントで、そのような状況であれば、飲酒運転でなくても、避けられないだろうと、どなたかが書いていた。私もそう思うが、ひとつ違うのは、酒を飲んでいなければ、事故後に被害者を救護し、119番と110番に電話し、運転者としての必要な措置をすることか。
この事故の容疑者を擁護する気など毛頭無いが、報道の内容があまりにも偏りすぎていることに、違和感を覚えた。
世の中の常識では、ヨッパライは端から鼻つまみ者なのである。ヨッパライは悪者(ワルモノ)キャラなので、ひとたび事件・事故を起こそうものなら、言い訳無用、問答無用で、悪いのはヨッパライと言うことになる。
これらのことを鑑みても、飲酒なる行為に何の益があるのだろうか。飲酒すると酔い、ヨッパライに成り下がり、自己を喪失し、下手を打つと、お縄頂戴の事件の当事者となる。
更には、泥酔状態で行動していた自分について、記憶がすっぽりと抜けてしまっているので、何の申し開きも出来ない。ヨッパライは、被疑者となった場合、かなり不利なのだ。
ヨッパライは、どう足掻いても、善人扱いはされず、正反対の悪者扱いされるのが、落ちである。
ならば、最初から酒なんぞは飲まずに、きりりと生きるほうが良いと思うがどうだろうか。
せっかくの人生だ。生きている間、酒なんぞとは無縁で、いつも素面で呼吸していたいものだ。
ヨッパライに良い印象を持つ人は、いないだろう。
寧ろ、ヨッパライとの接触は避けたい、ヨッパライとは関わりたくない、ヨッパライなど見たくもないのが本音。
でも、酒を飲んで酔っ払うことにより、そのヨッパライに自分がなってしまうのも事実。普段自分の嫌うキャラなのに、酒によっていとも簡単にそれになってしまう皮肉。
でも、大丈夫!
酒さえ飲まなければ、ヨッパライになることは無い。
今、酒を飲んでいるなら、即今、酒を断てば良いのだ。
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