今日浮かんだタイトルだが、最近よくあるデジャブ感に襲われた。
過去記事を調べて見ると・・・
あ~。やっぱり書いてた!(下記)うぅむ。デジャブ感があるのは、私の脳がまだ大丈夫と見て良いのかな(笑)この記事の中で、現在と過去の私が対話している部分があるが、自分で書いておきながら、読み返してみると、実におもしろい。
2015/8/25
『自分の中の過去と現在の対話(断酒2年164日目)』
この記事を書いた昨年(2015)の夏の頃は、野の百合さんとか、hakutousenさんが日々コメントを下さっていた。とても懐かしいなぁ。お二方、またコメントを入れて下さるととても嬉しいのだが・・・
さて、私独自のアルコール依存のチェック方法は、丸3日間酒を飲まずに平気でいられるかどうか。(これまで、何度も当ブログに書いているので、ご存知の方も多いかな)
これだけだ。実に単純である。
私は、丸3日間どころか、1日たりとも飲まない日を設けるのが難しかった。医師の診察を受けたことは無いが、アルコール依存であったことは間違いない。
それが、今、全く酒と縁を切って、普通に、平穏に暮らしている。あの頃の自分から、今の私を見ると、とても奇妙で不思議だろうな。だが、逆に今の私から、あの頃の自分を見ると、同じく奇妙で不思議なのだ。
過去へと通信出来るなら、今の私が過去の自分を説得したい。
「おい!酒なんか飲むな!お前は、酒に向いてない人間なんだ。飲むと災いしかないぞ!」
だが、たぶん過去の自分は、こう答えるだろう。
「なんだとぉ~!お前は、誰だ!ふざけたことぬかしやがって!俺から酒を取ったら何が残るんだよ!」
な~んてことになるんだろうな~。断酒生活が安定して来ている方なら、分かって下さることと思う。
つまり、酒がある生活が当たり前なのか、酒のない生活が当たり前なのか、それは自分次第だと言うことだ。酒のある・なし、これは取りも直さず過去の自分・今の自分。
アルコール依存も、薬物中毒の中のひとつである。
体内にエタノール(アルコール)を入れないと、日常生活を送れない。飲むと、不安や不満から解放され、一時的に脳内は楽園状態になる。飲まないと・・・飲まないではいられないから、飲まない生活は考えられない。
生き方は人それぞれ、酒の飲み方も人それぞれ、酒のやめ方も人それぞれ。
酒の道も同じ。問題は自分にあり、他の人は関係ない。○○がいけない、○○のせいでこんな飲んだくれになった、なんてことは絶対にないのだ。飲んだのは自分だから。
私の、断酒後数カ月の間、飲みたくてたまらなかった頃、みどりこさんからコメントを頂いた。「わたしのブログにタイトルが似てますね」みたいな内容で、ご自分のブログも教えて下さった。今ではもう存在しないブログだが、《楽しい♪うれしい♪HAPPY♪》と言うタイトルだった。それを読んで、みどりこさんが、酒から離れて恬淡とした生活をされている様子を、とてもとても羨ましく思った。私も早くみどりこさんのようになりたいと。
でも、今、まさにあの頃の自分が憧れていた、酒から離れて恬淡とした生活をしているのである。
過去の自分が苦しい断酒に取り組んだからこそ、今の自分がある。時が味方となり、自分を酒から引き離してくれた。
今、苦しい思いをしている方。きっと、今を振り返る時がやってくる。私も今、あの苦しかった日々を回顧して、苦しんだ日々があったからこその今であることを、実感している。
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