ザァーっと、ひと雨ほしいところだが、なかなか降らず。
午後から曇天がその緊張を解いて、少し太陽が顔を出し、晴れ間があって蒸し暑くなった。
ここのところ、まるで戻り梅雨のような天候で、猛暑からは解放され、それはそれで嬉しいのだが、例年の季節の水位でないところがとても気になる。
今年は、何か途轍もなく大きな天変地異が襲って来るような、そんな恐怖感が心を過ぎる。
さて、昨日は老害ジジーについて書いた。
友人たちとのグループラインで、この老害ジジーについて報告したところ、自分も似たような経験をしたとか、そのような体験がすぐに集まった。
あちこちに住む友人たちが、老害ジジーの体験談を色々と教えてくれたところから、老害ジジーは日本全国(敷衍して、世界中!)どこにでも当たり前に存在することが分かる。
(もちろん、老害ジジーばかりではなくて、老害ババーも存在する!)
例えば、タバコ一つでも、止められずに喫煙し続ける方を選択した方もいる。人生のどこかで禁煙を決意し実践しておれば、煙突のようにモクモクと日々タバコの臭い煙を身体から立ち昇らせることも無かっただろうに。
街中でよく見かける、歩きタバコの人は、大抵の場合、男性の高齢者である。棺桶に片足を入れているような年齢であっても、ついにはタバコをやめられず、吸い続けた人生。
自分の近くを歩く人が、その臭いタバコの煙でどんなに嫌な思いをするかなど、彼らは全く考えることもない。
酒も全く同じで、人生のどこかの時点でアル中になり、そのまま飲み続けて死に至る人が多い。かなりの高齢になっても、酒とは切っても切れぬ関係の人。
タバコや酒と一蓮托生の人生なんて、反吐が出る。
それよりも、タバコも酒もすっぱりと断った後の人生である。実に清々しい。清々としている。ヤニやアルコールとすっぱりと別れ、それらを手放した人生。私は経験者なので、良く分かる。
かつての私は、タバコとライターを持ち歩き、仕事が終わるか終わらないかのうちに酒を飲みたくてそわそわし、帰りがけにコンビニで缶ビール買って飲んだり、飲み屋に直行したり。
タバコも酒もやめるのには苦労したわけだが、それらを手放して、全く自分には不要となった今、あの時やめて良かったと心底思う。
不要な毒物を断った後に、清々しい人生が待っていた。昼間から歩きタバコをし、ストロング缶を片手に徘徊する人生と、それらを手放してしまった人生と、どちらを望むのか?
もちろん、断った後の清々しい人生を望む!
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